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ブルームの憂鬱 -アトリエN- [アトリエN]

 T社とS社とJRの各路線を4度乗り継いで、片道1時間をかけながら仕事場に通っている。このごろは、日本の鉄道というものは、よくもまあ謝るものだなあ、とあきれることが多い。車両故障だ、電気系統のトラブルだと言って謝るのは、まあ仕方のないところだろうが、台風や大雪で電車が遅れたと言っては謝り、線路内に人が立ち入った・とか、急病人が発生した為に前の電車が停車したなどという、鉄道会社の責任とはいえないことが原因でダイヤが乱れても謝る。「ご迷惑をおかけしておりますことをおわびいたします。まことに申し訳ございません」という車内放送は、鉄道会社が違っても、判で押したように同じである。むやみなクレームの発生を抑えるためにとりあえず謝っておけ・ということなのだろうが、本気で申し訳ないと思っている感じはしない。
 キュウリやブドウの実は成熟してくると果実の表面に白い粉がふいてくる。ブルームと呼ばれるもので、雨水をはじき、病原菌の感染から身を守り、鮮度を保つという働きがある。ところが、その白い粉が農薬の残滓ではないかとか、カビがはえているのではないかという声が挙がって、スーパーの売り場などでは、ブルームのないキュウリに一斉に置き換わってしまった。
 わざわざ病気に弱い作物に替えてしまったわけで、バカな話だと思うし、ちゃんと説明したらどうなんだと面識のある農家のおじさんに訊いてみた。
 「そらあ、説明する方が大変だよ、野菜売り場で待ち構えて、一人一人に説明するのかい?スーパーの店員が一緒になってやってくれるわけでもなし、頑張ってみたところで、ブルームレスを納める生産者にあっさりとっ替えられて、終わりさ」と、おじさんは云う。
 「ブルームっていうのはケイ酸だからな。ケイ酸を吸い上げる力の弱い台木を見つけ出して接ぎ木すれば、簡単にブルームレスが作れるのさ。鉄道路線は気に入らないからって気軽にとっ替えはきかないけども、農産物はそうじゃないからな。それに、クレームをつける連中は理屈で説明してもダメなんだ。納得したいわけではなくて、文句を言うのが目的だったりするからな、そこに理屈を持ち出しても、なにを生意気な、って逆切れされるのがオチというもんだよ」
 「そういうものかねえ」
 「そういうものさ。闘っちゃいかん。大人の対応をするのが賢いやり方さ」
 おじさんはそう云うと後ろをふりむいて
 「なあそうだろ?」
 とハウスのキュウリたちに語りかけた。
 収穫前の青いキュウリたちは、なにもいわずにこうべを垂れているだけである。

 とりあえず謝る、とりあえず身をかわす。
 『大人の対応』がむしろ新たなクレームを呼び込んでしまうのではないかと思ったりもするが、だらしのないことに、もし当事者だったとしても、頑張り通す自信はない。
  N田さん

キュウリ.jpg
キュウリ。提供:「写真素材足成」(http://www.ashinari.com)

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