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カラスビシャク -アトリエN- [アトリエN]

 ハエ族にとって腐った肉の臭いというのは、ヒト科ノンベ属におけるアルコールと同じように心を奪うものであるらしい。
 サトイモ科の植物・カラスビシャクの花が出すその臭いに惹かれて仏炎苞の中に迷い込んだハエは、閉じ込められたことに気づいてもがき回るが、その動きを察知したかのように、そのとき雄花が開き、相前後して花の下にわずかな隙間ができる。体中に大量の花粉をまとったハエは、ほうほうのていで外に逃れ出るが、隣のカラスビシャクが放つ腐臭をかぐと、またふらふらと仏炎苞の中に迷い込み、奥に鎮座する雌花に花粉をこすり付ける。
 ひどい二日酔いに幾度となく苦しんだはずのノンベ属が、一日も経つと、そんなつらい思いをすっかり忘れて、またぞろ性懲りもなく夜の巷に繰り出す姿に似ていなくもない。
 カラスビシャクと同じサトイモ科の仲間には、出口を用意せずに、迷い込んだハエを獄死に追い込む種類もあるというのだから、カラスビシャクはまだまだ良心的であると言えないこともないのだが、それにしても見事な戦略である。
 だが、そのようにしてできた種子は、まさかの時のための用心にすぎなくて、主として土の中の芋で増えるというのだから、恐れ入るしかない。
 しかし、この程度で恐れ入っていてはいけない。カラスビシャクの葉の付け根にはムカゴが用意されているし、それだけでは安心できないと、茎の途中にもこぶのようなムカゴをつける。二重、三重、四重の危機管理策である。
 ここまでは稲垣栄洋氏『身近な雑草の愉快な生きかた』からの受け売りだが、物質文明のただなかに生き、ただ消費(浪費?)だけに心を奪われてきた私が、どこかでカラスビシャクの爪の垢でも煎じて飲んでいたら、今頃は左うちわの生活が出来ていただろうにと思うと残念でならない。
 しかし、考えてみるまでもなく、カラスビシャクに爪は無いのだから、はじめから無いものねだりというほかはないのである。
        『なな山だより』37号より、ブログ掲載にあたり一部改訂
  N田さん

カラスビシャク.png
カラスビシャク

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