SSブログ

スミレとアブとハナバチ -アトリエN- [アトリエN]

 とある早春の日、中谷主命(ナカノタニノヌシノミコト)が林内を歩いていると、彼を呼びとめる声がした。
 「ねえねえ、カミ様ってば」
 見ると、小さな花が、まだ寒い春の風に身をすくめている。
 「おう、スミレではないか。何事じゃ」
菫「あのね。あたしはアブが嫌いなの。近寄らないように言ってくださらない?」
命「それはまたナニユエじゃ?」
 スミレが口元を震わせていうには
菫「あのバカな虫は、ふん・ふ・ふーんと鼻歌を唄いながら、あたしの大事な花粉を菜の花にこすりつけたりするんだもの、まったく、見境いのないやつでアッタマきちゃう」
命「ふうむ、たしかに奴は賢いとは云えぬ虫ではあるな。云うてやっても構わぬが、まず無駄であろうよ」
菫「なぜですか?」
命「三歩も歩けば忘れてしまう虫だからじゃ。それよりはお前さん、花の時期をずらしたらどうじゃな?」
菫「それはまた、どうして?」
命「アブは早春の虫じゃ。もうちょっと暖かくなれば、奴もいなくなるのではないか」
 中谷主命のアドバイスに従って開花の時期をずらしたスミレであったが、一件落着とはいかなかった。
 「ねえねえ、カミさま、聞いてくださいな」と、スミレはまたも不満を訴える。
 「あいつ、まだあたしの蜜を狙って飛び回ってますよ。ふん・ふ・ふーんと鼻歌を唄いながら。うるさいったらありゃしない」
 すると中谷主命はこう申された。
 「それならば、花の色を変えてみたらどうじゃな?」
菫「どうしてですか?」
命「黄色はアブの大好きな色じゃ。ほかの色に変えたら、やつも近寄ってこなくなるのではないかな」
菫「それでは、どんな色に?」
命「そうよなあ、紫色がよかろう。紫はハナバチが大好きな色でな。ハチは賢いぞ、おいしい蜜をたんとやれば、その花をきちんと覚えておいて、同じ仲間のところに飛んで行ってくれるのじゃ。それにハチは後退りが出来るぞ」
菫「ふうん、それが何か?」
命「お前さんはもっと花を細長くして、その奥においしい蜜を隠すが良い。ハチは花の奥までずんずん進んでいく。お前さんはその隙にハチの体にたっぷり花粉をつけるのじゃ。後退りができるハチは、なんなく外に出てくる。アブには到底できぬ芸当じゃぞ」
 そこで、スミレは神様の言うとおりにしたが、お気楽なハナアブはふん・ふ・ふーんと鼻歌まじりでやってきて、長く伸びた距のなかに潜り込み、途中で閉じ込められたと勘違いして、猛然と暴れだした。
 スミレは風の力を借りてアブの体を花の外に放り出し、睨みつけてやった、地面にたたきつけられたアブは、しばらく気を失っていたが、やがて眼をさますと、どこかへ飛び去っていき、もう二度とスミレには近寄ろうとしない。さすがに懲りたようである。
 スミレはハナバチとすっかり仲良しになり、機嫌よく咲いている。
 「カミ様、有り難う。たまには役に立ってくれるのね」
命「たまには、は余計じゃろ」
 それでも中谷主命は感謝されて悪い気はしない。
 ふん・ふ・ふーんと鼻歌を唄いながら林の中を去って行った。
  N田さん
 
タチツボスミレ.jpg
タチツボスミレ。提供:「写真素材足成」(http://www.ashinari.com)

コメント(0) 
共通テーマ:地域