根も葉もない・・・ -アトリエN- [アトリエN]
植物は太陽光と、空気中の二酸化炭素と、根から吸い上げた水とを使って光合成を行い、自らの生存に必要な物質を作り出すので、独立栄養生物と呼ばれることがある。
それに対して人を含む動物は、生存のために必要な物質を他の生き物に頼っているので、従属栄養生物と呼ばれる。その形状から植物と同一視されやすいキノコ類も、栄養を植物に頼っている点ではむしろ動物に近い。
ところが、折角の光合成の能力を捨て去って、他の植物に寄生する生き方を選んだ植物群がある。ネナシカズラの仲間たちで、全植物種の1%を占めている。発芽すると、回旋転頭運動をしながら、宿主を探し始める。枯れ枝やプラスチックの棒、弱った植物などには見向きもしない。元気のよい草を探し当てると素早く巻き付き、相手の茎に寄生根を突き差して、栄養分を吸い取りはじめる。寄生のみで生きるために葉緑素は捨ててしまっている。だから彼らは一見すると枯れかかった草のような生気のない薄茶色をしている。
× × × × ×
ある日のこと、中谷主命(ナカノタニノヌシノミコト)の住まいに一匹のカナブンが飛んできた。
「やあい、ミコトよう。百草法面の草どもが呼ばっとるぞう」
「なに、それは妙ではないか。百草法面は西谷主命の管轄じゃろう?」
中谷主命がいうと、カナブンは
「奴さんは病気で臥せっとるか、旅に出たとでも言っとけ、と云うとったぞ。ええから、はよ行くがいいぞ。ほなら、伝えたでな」
カナブンはそれだけを言い捨てると、重そうに飛び去って行った。
病気もしくは旅とでも云え、と言ったのが西谷主命本人なのか、法面の草たちなのかも判然としない。面妖なことではある、と気の重い命だったが、ともかくも法面に行ってみると、一茎のノゲシにネナシカズラが巻き付いて、今しも寄生根を突き立てようとしているところであった。ノゲシは身を震わせて泣き叫び、周りの草どもはどこか逃げ腰の感じではありながら、口々に罵っている。
「やい、こら、そいつから離れろ!」
「蔓で巻き付くだけでも迷惑だってえのに、汁を吸おうなんて、ふてえ野郎だ」
「植物の風上にもおけないモドキ野郎め」
「てめえなんざ、とっととよそに行っちまえ」
そんな草どものうち、一茎の野菊が、目ざとく中谷主命を見つけて声をかけた。
「神様よう、何とかしてくださいな」
「うむ?何とかしろとは、どうしろというのじゃな?」
「あいつを叩きだすとか、引き抜いてしまうとか、してくださいな」
「それはできぬなあ」
「どうしてですかね」
「ノゲシと同じように、ネナシカズラも、ここでうまれた、なな山の住人ではないか」
「それでは、奴が体液を吸い取られて枯れてしまっても構わぬとおっしゃるのですか」
「わしはどちらの味方もできぬと言っておるのじゃ。それが掟というものであろうが」
そんなやり取りをかわしていると、突然ネナシカズラが叫びだした。
「うるさいなあ、僕にどうしろと云うんだい?僕だってみんなに嫌われながら生きていきたかないけど、どうしようもないじゃないか」
その激しい調子に周りが気を呑まれていると、突然ネナシカズラはノゲシにからみついた蔓をスルスルとほどくや、フェンスの外に出て行こうとした。
「おうい、どうするんだよ」
「あんたたちの望み通りに出ていくんだよ」
「そっちは車道だぞ、気をつけな」
その言葉が終わるよりも早く、一台の車がネナシカズラを踏み潰して走り去っていった。
一瞬の出来事に、みな唖然として、顔を見合わせるばかりである。
× × × × ×
中谷主命は首をふりふり帰っていく。物陰で様子をうかがっている西谷主命の姿も目に入らない。
「あれはガイアの実験じゃな」と、独り言をつぶやいたりしている。
恐竜を作って滅ぼしてみたり、カンブリア大爆発と呼ばれる異様な生物群を生み出したり、ガイアはひっきりなしに実験を繰り返す。
ネナシカズラもその実験の一つなのだろうか?
それにしても、と中谷主命は思う。
史上最凶の環境破壊生物であるホモ・サピエンスを誕生させたのもガイアの実験であるとするならば、ガイアは人類に対してどのような結末を用意しているのであろうか?
と、そこまで考えて命は、ちと大げさすぎたかのう、とひとり顔を赫らめたのであった。
追記 ネナシカズラが絡みついた蔓を自らほどいたり、自力で他所へ出て行ったりすることは実際には有り得ず、まさに根も葉もない作り話であることを、お断りしておきます。
N田さん
ネナシカズラ
写真提供:重井薬用植物園http://www.shigei.or.jp/herbgarden/
それに対して人を含む動物は、生存のために必要な物質を他の生き物に頼っているので、従属栄養生物と呼ばれる。その形状から植物と同一視されやすいキノコ類も、栄養を植物に頼っている点ではむしろ動物に近い。
ところが、折角の光合成の能力を捨て去って、他の植物に寄生する生き方を選んだ植物群がある。ネナシカズラの仲間たちで、全植物種の1%を占めている。発芽すると、回旋転頭運動をしながら、宿主を探し始める。枯れ枝やプラスチックの棒、弱った植物などには見向きもしない。元気のよい草を探し当てると素早く巻き付き、相手の茎に寄生根を突き差して、栄養分を吸い取りはじめる。寄生のみで生きるために葉緑素は捨ててしまっている。だから彼らは一見すると枯れかかった草のような生気のない薄茶色をしている。
× × × × ×
ある日のこと、中谷主命(ナカノタニノヌシノミコト)の住まいに一匹のカナブンが飛んできた。
「やあい、ミコトよう。百草法面の草どもが呼ばっとるぞう」
「なに、それは妙ではないか。百草法面は西谷主命の管轄じゃろう?」
中谷主命がいうと、カナブンは
「奴さんは病気で臥せっとるか、旅に出たとでも言っとけ、と云うとったぞ。ええから、はよ行くがいいぞ。ほなら、伝えたでな」
カナブンはそれだけを言い捨てると、重そうに飛び去って行った。
病気もしくは旅とでも云え、と言ったのが西谷主命本人なのか、法面の草たちなのかも判然としない。面妖なことではある、と気の重い命だったが、ともかくも法面に行ってみると、一茎のノゲシにネナシカズラが巻き付いて、今しも寄生根を突き立てようとしているところであった。ノゲシは身を震わせて泣き叫び、周りの草どもはどこか逃げ腰の感じではありながら、口々に罵っている。
「やい、こら、そいつから離れろ!」
「蔓で巻き付くだけでも迷惑だってえのに、汁を吸おうなんて、ふてえ野郎だ」
「植物の風上にもおけないモドキ野郎め」
「てめえなんざ、とっととよそに行っちまえ」
そんな草どものうち、一茎の野菊が、目ざとく中谷主命を見つけて声をかけた。
「神様よう、何とかしてくださいな」
「うむ?何とかしろとは、どうしろというのじゃな?」
「あいつを叩きだすとか、引き抜いてしまうとか、してくださいな」
「それはできぬなあ」
「どうしてですかね」
「ノゲシと同じように、ネナシカズラも、ここでうまれた、なな山の住人ではないか」
「それでは、奴が体液を吸い取られて枯れてしまっても構わぬとおっしゃるのですか」
「わしはどちらの味方もできぬと言っておるのじゃ。それが掟というものであろうが」
そんなやり取りをかわしていると、突然ネナシカズラが叫びだした。
「うるさいなあ、僕にどうしろと云うんだい?僕だってみんなに嫌われながら生きていきたかないけど、どうしようもないじゃないか」
その激しい調子に周りが気を呑まれていると、突然ネナシカズラはノゲシにからみついた蔓をスルスルとほどくや、フェンスの外に出て行こうとした。
「おうい、どうするんだよ」
「あんたたちの望み通りに出ていくんだよ」
「そっちは車道だぞ、気をつけな」
その言葉が終わるよりも早く、一台の車がネナシカズラを踏み潰して走り去っていった。
一瞬の出来事に、みな唖然として、顔を見合わせるばかりである。
× × × × ×
中谷主命は首をふりふり帰っていく。物陰で様子をうかがっている西谷主命の姿も目に入らない。
「あれはガイアの実験じゃな」と、独り言をつぶやいたりしている。
恐竜を作って滅ぼしてみたり、カンブリア大爆発と呼ばれる異様な生物群を生み出したり、ガイアはひっきりなしに実験を繰り返す。
ネナシカズラもその実験の一つなのだろうか?
それにしても、と中谷主命は思う。
史上最凶の環境破壊生物であるホモ・サピエンスを誕生させたのもガイアの実験であるとするならば、ガイアは人類に対してどのような結末を用意しているのであろうか?
と、そこまで考えて命は、ちと大げさすぎたかのう、とひとり顔を赫らめたのであった。
追記 ネナシカズラが絡みついた蔓を自らほどいたり、自力で他所へ出て行ったりすることは実際には有り得ず、まさに根も葉もない作り話であることを、お断りしておきます。
N田さん
ネナシカズラ
写真提供:重井薬用植物園http://www.shigei.or.jp/herbgarden/